「お前・・・名前なんだった」 「はい?」 「お前の名前・・・たしかゆめみだったな」 「はいっ そうですっ 覚えていただいて光栄ですっ」 俺は今、この世の終わりとも思える世界で、ただ生き続けている。 太陽の光も届かなくなって久しい、毎日酸性雨のような天気・・・ そんな中、一つだけ過去の姿を変えずに未だここに存在し続けるものがあった。 ============================= 外 の 世 界 へ ============================= 「あの・・・お客様のお名前は、なんでしょう?」 「は?」 「はい、お客様のお名前です。よろしければ、是非お聞かせ下さいっ」 「・・・」 俺の・・・俺の名。俺の名前か。 今を生きるのに、自分の名前を覚えておくことは必要なかった。 なのに、彼女の名を聞いたことは自分でもわからなかった。 「俺は屑屋だ。それが名前みたいなもんだ。覚えとけ」 「はいっ、屑屋さまですね」 「さまはいい」 「いえ、大切なお客様を、呼び捨てにすることはできません」 「じゃぁさま以外で呼べ あと客じゃない 客じゃないが、客からの願い下げだ」 「わかりました・・・では、屑屋さん」 今まで、おい とか お前 とか あんた とかしか相棒には呼ばれてこなかったが、 はっきりと俺としたものを感じたような気がした。 しかし名前が名前だから、屑呼ばわりされてる気がしなくもないが、それはそれで合ってるのかも知れない。 「それじゃ、俺は行くからな」 星の遺跡、プラネタリウムで俺は壊れた投影機を直した。 彼女は星を見せてくれた。 俺はもうここには用はないはずだ。 「はい、またのお越しをお待ちしておりますっ」 彼女はロボットとは思えない屈託ない笑顔で見送ってくれる。 この雨の中、誰も来ないここで彼女はこれからどうするつもりだ? 「お前・・・じゃない、ゆめみ、これからどうするんだ?」 「嬉しいですっ!」 「はっ??」 「今、お客様は私の名前を呼んで下さいましたっ 初めてですっ」 「・・・そうか?あと、客じゃないって言ったろ」 「・・・申し訳ありませんっ!屑屋さんっ!」 「・・・まぁいいけど。で、これからどうするつもりだ?こんな雨の中・・・」 「私のデータベースによると、必ずお客様はお越しになると考えます。  現に、屑屋さんは来てくれました」 「・・・やっと俺を呼んだな」 「ありがとうございます!私はロボットですから、人の名前を覚えるのは得意なんです!」 俺・・・俺。俺と言う存在が、相手に認識されている。 と言うか、目の前に居る少女はもはやロボットなどと言った代物ではない。 人間と会話をし、言われたことを認識できる、そう、それは心のある「人」同然だった。 だから、「人」に対しての哀れみを持つのが、自分でも驚いたからこんなことを言ってしまった。 「・・・いいか、よく聞け。もうここには俺以外二度と人は来ない。  命を懸けてもいい。今日も明日も明後日も、10年後も人が来るかはわからない。  お前が見ていた世界と今は、時が経って環境すらもかけ離れているんだ。・・・残念ながらな。」 「・・・はい」 わかっているようないないような、そんな曖昧な返事を彼女はした。 「お前は何がしたい?」 「私は、お客様に満足いただければ幸せです」 「なら、客の居るところに行かなきゃな」 「しかし、館長さんが戻ってきたときに私が居なければ、館長さんたちは困ってしまいます」 「大丈夫、みんな向こうに居る。みんなお前を必要としている。」 これがウソになるかどうかは、確かめなければならない。 「ありがとうございますっ そういわれますと、私やりがいがありますっ」 なんだか、こう言うときだけロボットらしい反応をするなと思った。素直と言うか。 「だから、客の、人の居るところに行け」 「失礼ですが、屑屋さんはこれからお友達様のところへお戻りでしょうか?」 「・・・そうだ」 友達なんて居ないが、この際適当に流しておいてもいい事項だ。 「わかりました。この雨の中では危険ですので、私がお供致します」 「別にいい 今までだって一人だったからな」 「私のデータベースによりますと、お客様の安全は第一と考えます」 またこれだよ。もうこれは放置しておいてもいいんじゃないかと思った。 それに、元々ここから出させようと奇怪な考えを持ち出したのも俺だ。 足手まといかもしれんが、今世界がどんなになっているか、外の世界を彼女に見せてやりたい。 ・・・俺に星を見せてくれた彼女への、唯一の支払い義務だ。 それに、彼女が俺に友達が居るかを聞いたと言うことは、 外に出ようとする一種の行動の現われかもしれない。 「お前一人で勝手に判断していいのか?」 「問い合わせメールを送信していますが、受行されません。  よって、ここからは私独断の行動となります。」 「怒られても知らないぞ。勝手にしろ」 「はいっ、ありがとうございますっ」 そうして彼女は無垢な笑顔で答えるのだった。 このプラネタリウムが、どんな別の世界だったとしても、やはり現実の世界はなんら変わりはなかった。 第3次世界大戦と言ってよい戦争と、環境問題に全て負けた今のこの世界。 その影響下にない環境地は極僅か。 未だ降り続ける雨に地表は色褪せ、ひび割れを起こしている。 無残にも崩れ落ちた建物は数知れず、その姿を遺跡として残している。 それはこれからずっと先も変わらないだろう。 人も居ない、崩れた建物だけの町・・・雨を受け続ける都会の名残町。 ・・・ここは良くない場所だ。直感でそう思えた。 早々にここを立ち去った方が無難だ。 ・・・プラネタリウムは、外の世界にたくさんあるだろう。 「よく降りますねぇ」 「ゆめみ、これを着ろ」 「また私の名を呼んで頂いて、恐縮至極に御座いますっ」 「・・・誰に吹き込まれたんだそんな冗談」 「はい?」 話が進まなかった。 「いいからこれを着ろ」 「大丈夫です、私のボディーは防水機能完備なんですよ」 30年前の防水効果が今の汚雨にも対策が立てられているのかどうかは怪しい。 「客の言うことは聞くものだ」 ここぞとばかりに、客の立場を利用してやる。 「はい、職務上の優先事項として登録します。」 そうしてロボットは人間の言うことを素直に聞くのだ。 これぞ忠誠なるロボットと言うものであろう。 「ところで屑屋さん、傘が必要だと思われます」 話を聞いちゃいなかった。 ・・・。 プラネタリウムを後にした俺たちは、この世界から出る封鎖壁を目指しながらゆめみのこれまでの雑談を聞いていた。 途中、ゆめみの休憩に付き合ったり、ないだろう食べ物を探して崩れかけた建物の中を梯子したりする。 「こちらに食べ物が残してありますねぇ」 「なにっ 本当かっ」 「でも濡れてます」 「・・・意味ないだろうが」 といいつつも俺はその食べ物の様子を見に行った。 「・・・パンか。濡れているにしては全然腐敗してないように見えるが」 「新しいものでもなさそうですが、保存状態が良好だったようです  半日以内に召し上がれば、痛まずに済みます」 濡れてるのにか・・・?どんな保存状態だ。 今まで調べたくても調べれなかったことや、不安なものは、 必要だったものでも捨ててきたが、ゆめみが居て本当に助かった。 足手まといよりか役に立ってる。 「お前は?」 「私はロボットですから、充電さえできれば大丈夫です」 そういってどこからかコンセントを取り出して、地下に刺した。 「そこには何もないぞ」 「いいえ、地下から電力を吸収しています」 「って自給自足か」 彼女は掲げた手から床を電力マットにし、その上に乗ることで電力を回復させることができるのだと言う。 「反則だな・・・」 「はいっ」 「・・・」 俺はこんなにおしゃべりなやつだったか。 違う。ゆめみの影響で変わったんだ。 今までの相棒には、生きるために、必要以外の事はしゃべらなかった。 それが今、こんなに無駄話をしている。 何の役にも立ってはいないが、焦燥感は消え、何の理由もないのに気持ちに余裕ができる。 生きていくには、必要と思えること以外にも大切なものを持っていなければならない。 それが、心だと思った。 俺は彼女に対して、娘を思うような気持ちになっていた。 この芽生えた心を離さない。 ゆめみにもう一度、プラネタリウムの解説をやらせたい。 そして、ゆめみが演じるプラネタリウムの解説を、聞いて、眠りたい。 絶望に満ちたこの世界に持てた、唯一の希望だった。 また相棒ができちまった。絶望していたはずなのに、まだ死ぬわけには行かない。 見届けるものができた。 行こう。 この世のどこかには必ず、天国がある。 それはあの世ではなく、希望のあるこの世界のどこかだ。 彼女の星への願い。天国を人とロボットの二つに分けないで。 それを見つけ出すまで、叶えるまで、俺は彼女の側に居る。 そしてこれからも居続ける。 俺たちは歩き出した。 =========================================================================== お疲れ様です。そして超お久しぶりです。レッドです。 本作に見習って短くしてみました。 星は好きですがそれに関する専門的な知識は持ち合わせてないので 今回お話にすることができませんでした。 これは、屑屋がプラネタリウムから出て、崩壊都市を抜けるまでのお話です。 私の中でのこの続きは、ガーダーが居なくて無事封鎖壁まで辿り着いて、 この中で語った希望を見つけてハッピーエンドと言う感じです。 封鎖壁に辿り着くまでのお話を展開させたかったですね。 Airの柳也と神奈と裏葉が、追っ手を振り払い母を捜して森を歩くみたいな。 そんな、心地よい『時』に、この身の全てを任せて居たい。 そんな感じです。 ちいさなほしのゆめ、やはり感動できました ありがとう それでは。 written in 2006.7