============================ 越 え る 壁 ============================ 「・・・妹さんのことですか?」 「え?」 静かになった時、ことりが突然訊いてきた。 本当に人の心が読めるのかと思うほど、的確だった。 「・・・」 おれは黙ってしまった。 すると、美春が口を開いた。 「音夢先輩は可愛そう・・・ううん、とても切ないです。  片思いの好きな人がすぐ側に居るのに、好きな人に言い寄る人が居て引っ込んでしまって・・・  でもその子の事も凄く大好きで・・・  そして自分は世間体を気にして素直になれずに・・・」 すると側に居たことりが目に涙を溜めていた。 「わ、わっ!ことりっ、どうしたんだ」 「ごめんなさい・・・ 美春さんも同じじゃないですか・・・」 「え?」 美春は驚いたような様子でことりを見た。 「美春さんも同じですよ・・・ 美春さんも同じように朝倉くんの事が大好きで  いつも一緒に居るけれど、音夢さんに譲って・・・  音夢さんの事は本当に大好きで・・・  音夢さんの想いを大切にして・・・。  そして私も同じ・・・、朝倉くんが好きです」 ・・・ 3つの衝撃事実をたった今知ってしまった。 美春の言う『音夢の好きな人』は俺。そして俺に言い寄る子はさくら以外に考えられない。 ことりの思いがけない告白。 そして、自分でも気付かないフリをしていた、音夢の気持ち。 美春を見ると、頬を染めて恥ずかしそうに俯いていた。 でも俺の視線に気付くと嬉しそうに上目遣いでえへへと微笑みかけた。 どうやらことりの言った事は図星で当たりだったらしい。 「ことりさんっ、私たち、気が合いますねっ」 一変して、元気そうに、初めてのその人に話しかけた。 「あはは、そうだねっ」 ことりも、フランクに相槌を打って、頷いた。 「だから、朝倉先輩頑張ってくださいっ」 「そうですよ、妹さんは大事にしなきゃダメですよ」 「ははっ・・・何頑張るのかわかんねぇよ・・・かったりぃ・・・」 俺は苦笑いを浮かべて言った。 「大丈夫です、音夢先輩はきっともうすぐ良くなりますっ」 その彼女らの笑顔が嬉しくて、辛くて切なくて胸が痛い。 こんな、かったりぃかったりぃばかり言ってる甲斐性無しに・・・ 俺は何て贅沢なヤツだったんだろう。嬉しくて、自分が憎らしい。 そして何かが吹っ切れたような気がした。 「・・・ああ・・・お前ら、ありがとうな・・・今度、好きなもんおごってやるよ、俺ってのはダメだからな、ダメだぞ」 俺は走り出した。あいつの居る家に。 はぁ・・・はぁ・・・ 普段、音夢と話しながら歩いてるから、いつもすぐだと思っていた。 一人だと、この並木道が凄く長く感じた。 いつか、歩いても歩いても家に辿り着けなければ良いとさえ思ったりした。 でも、今は一刻も早く、返りたい、あいつの居る元へ。 やっと辿り着いた家の玄関に来た頃には、息が上がっていた。 ガチャ・・・ 「ただいま・・・」 「おかえりなさい、純一さん」 静かに玄関を開けると、そこに誰かが立っていた。 鷺澤頼子。紅い瞳の猫耳メイド。しかしその耳は本物だ。 いつか子供にいじめられていた。まるで子猫だった。 かったるかったが助けたら、拠所がないのでお礼にうちで家事をすると言い出して以来、朝倉家の住人だ。 子供にいじめられて以来外が怖いと言って買い物のお使いに行けないので、掃除選択家事全般をしている。 最初は逆に、悪い言い方をすれば迷惑なほど家事が下手だったが、飲み込みの早さが天才並で、親が居ない今は助かっている。 ただ、料理は音夢と同じぐらい下手なのは困るが。 「先ほど、音夢さんが起きてきましたよ」 「それ本当っ、頼子さんっ」 「あ、は、はい・・・」 「あ、ごめん、驚かせちゃったね」 俺は謝った。 「い、いえ・・・純一さん、どうしたんですか?なんだか、今日は元気そうです・・・」 「い、いや、なんとなくね。それで音夢は?」 「はい、今はまたぐっすり寝ています」 「そう・・・」 2階に上がって音夢の部屋の前に立つ。一言断って部屋の中に入ると、カーテンが閉めてあって暗かった。 もう陽も傾きかけている。 音夢は、今は落ち着いて、確かにぐっすり眠っている。 音夢は変に俺に気を使うから、俺を安心させようと狸寝入りで寝たフリをしているのかもしれない。 ほっぺたを引っ張ってみようかとも思ったが、さっき頼子さんが、音夢はぐっすり寝ていると言っておいたので止めておいた。 部屋を出ると頼子さんが立っていた。 「あ、あの、すみません・・・」 「ん?」 「か、買い置き、切らしてて・・・」 「あ、じゃぁ俺が買い物行ってくるよ」 「いつもすみません・・・私が不甲斐ないばっかりに」 「そんなことないよ、いつも助かってるよ、頼子さんには。感謝してるよ」 「ああ・・・ありがとうございます」 実際本当に助かっている。さっきも言ったけど最初は大変だったけど・・・ 今はこうして、安心して家の事も任せられる。と言うか、任せる俺もいけないけど・・・ 何より・・・毎日音夢の看病をしてくれているのだから。 毎日、何もしなくても時間が過ぎていく・・・このままじゃいけない。 そう思いながら適当なものを買って帰って家に着く。 すると頼子さんが血相を変えた凄い形相で俺を見つけて言った。 「純一さん!!大変です!!音夢さんが・・・音夢さんが!大量の桜を吐いて・・・!」  ――――――――――――――――― 「純一さん!!」 一瞬頭が真っ白になったが頼子さんに呼びかけられて目を覚ました。 俺は買い物袋も全力で放り投げて、2階の音夢の部屋へ向けて飛んだ。 バンッ!! ドアを乱暴に開けて音夢を探した。 「音夢!!」 「ゴホッ・・・ごほっ・・・ゴホッ!!・・・」 音夢は床に倒れながら絶え間なく苦しそうな咳を続けていた。 そして・・・そして・・・ 床は、桜の花びらだらけだった・・・・ これがもし庭園ならどれくらい美しい絨毯だろう。 でも現実は、目の前で苦しんでいる音夢が居た。 その顔は、本当に青ざめている。 「音夢・・・音夢!」 俺は呼びかけることしかできなかった。 だから、力強く抱いてこう言った。 「音夢、今までゴメンな。好きだ。好きだよ、音夢が」 音夢の様子が少し落ち着いた気がした。 「今まで、ずっと俺のこと見てくれたんだよな・・・  そして、俺たちの様子を見てくれてたやつが応援してくれてる。  美春やことりが・・・  友が応援してくれてるのに応えたい  俺も進みたい  だから、音夢、好きだ」 そう言い終えると音夢は咳が止んで、こう言った 「・・・に・・・いさん・・・、あ・・・り・・・が・・・とう・・・」 すると次の瞬間、 表現できないほど大量の桜の花びらを吐き出した・・・ それはもう・・・滝のようだった・・・見ていられなかった・・・ あれでは息ができない・・・ そして、いつしか大量の血をも吐いていた・・・。 「よ・・・頼子さんっ、、洗面器!!」 「は、はいっ・・・!」 しかし、言ってみたがとても洗面器でどうにかなる量ではない。 部屋の床が、桜と血の海になるかと思った。 音夢は床に手をついて、それらを吐き出し続けている。 しばらくして音夢は吐き止むと、ぐったりとしていた。 哀しくて、涙が出た。 俺は彼女が乾いて無くなってしまう前に、その血を吸いたかった。 だから、その血を吸って彼女に飲ませた。 しかし・・・ 息がなかった。 彼女を布団に乗せて、人工呼吸を施す。 もう頭は真っ白だった。 でも床は赤かった。 大好きな桃色の『それ』が、紅く染まっていくそれが憎かった。 20分くらい続けたが、彼女は息を吹き返さなかった。 普段は黄色いリボンを髪に結いで・・・ 微熱があっても俺に頑張って付いてきて・・・ 一緒に学校行って・・・ いつも一緒だった。 どんな時も一緒だった。 これからも、 雨の日も、 熱い日も、 強い風の日も・・・ 夏の日も・・・ 一緒に、居たかった。 冬の日も・・・どんな時も・・・ もう・・・言う順番もめちゃくちゃだ・・・ そんな些細な願いたちも、もう叶わない。 これからあるはずの夢と未来は、俺の中になかった。絶望しかなかった。夢は砕けた。 でも・・・一つだけ、神頼みできるところがあった。 この島の不思議、一年中桜が咲いているのは、島の中心にある大きな桜の木のせいだと思う。 「じゅ、純一さん、どこへ行くんですか・・・外暗いですしもうすぐ雨も・・・救急車・・・」 「・・・ゴメン・・・頼子さん・・・どいてくれないかな・・・  あとそれとこの部屋掃除しておいてくれないかな・・・」 俺は音夢を抱きかかえて部屋を出たとき、頼子さんにそう告げ返事も聞かずにその場を後にした。 頼子さんには酷いことを言ったと思う。何て自分勝手なんだろう。でも、もうどうでもよかった。 これが、狂気の境なのかと気付くほど、自分の事が他人事に思えた。他人事であって欲しかった。 大きな木の下に辿り着いた。 空はどんよりと澱んでいる。 だけど、ここには神秘的な雰囲気があった。 俺は跪いた。今までのどんな些細な罪も後悔した。 そして祈った。 "音夢を返してくれ" と。 ここは全ての願いと夢が集まる場所だった。 どんな願いも叶う。 純粋な子供であり続けることも・・・ 元気で居続けれることも・・・ 人の心を読むことも・・・ 想いを猫に伝え、猫が少女に姿を変えることも・・・ どんなことも叶った。 だから、俺の願いも叶うはず。 雨が降り始めた。ずぶ濡れになりながら俺は頭を下げて祈り続けた。 正気の沙汰じゃなかった。普通なら馬鹿だろう。だが音夢の病気は普通じゃない。 祈り続けて・・・どれくらい時間が経っただろうか。大声を上げたりもした。 土砂降りの大雨は降り続け、そして・・・何も変わらなかった。 「ど、どうしてっ・・・!音夢と俺だけっ・・・!うぁぁぁぁぁぁぁーーーーー」 俺は泣き崩れた。その後は覚えていない・・・ ・・・・・・ ・・・ 気付くと俺は病院に居た。 あの後、頼子さんが俺を救急車に運んだらしい。 あの外嫌いの頼子さんが俺のために・・・ 耳は帽子で隠したのかな・・・ しばらく安静にして落ち着いた後、俺は退院した。 そして、同じ病院に本物のさくらは居た。 そして、永い時間から、ようやっと目覚めた。 さくらのロボットは眠りについた。 本物のさくらが眠っている間、眠っているさくらの方が桜の木に願う力が強かっただけだ。 ただそれだけだ。こいつは悪くない。そうじゃないと、俺が困る。 困るはずなんだ・・・。 あの桜の木は元々、さくらのためにばあちゃんが作ったものだった。 いじめられていたさくらを残して去るのが・・・心配だったのかもしれない。 ばあちゃんが残した魔法の木。ばあちゃんが残した最後の夢は、俺には叶えさせてくれなかった。 好きだったあの人はもう居ない。 これからの時が永遠に無限でも、俺にとってはあの時の微かな時間の方が良かった。 だから、学校の授業もよくサボるようになった。眞子も特に何も言わない。 たまに音夢の夢を見て起きるときは、大抵泣いていた。 いつか暦先生に食事に誘われた。 「なぁ・・・朝倉、お前には今、生きている意味はあるか?」 「・・・」 正直、なかった。音夢が居ない今、俺はこの世に何の未練もない。 「あたしもな、普通に生きてたら、何がしたくて今を生きてるのかわからなくなったもんよ。  そこにことりが来たんだ。泣いてばかりだった。この子を幸せにしようと思った。  そしたら、何でもやる気が出てねぇ・・・。  あの時ことりを失ってたら、あたしもあんたのようになってたかもしんない。  でも、他にやる事も見つけたし。教師として他の子も幸せにしていくんだ。  人は輪廻を繰り返す。あの子も今頃きっとどこかで生まれ変わって、祝われてるかもしれないね」 「・・・」 「あんたが暗い顔してるのをあの子は望んじゃいないだろうよ」 居るはずもないやつの望みなんかわかるはずもない。 でも・・・暦先生言ってることは正しかった。 そう・・・人はそうして、辛い思いの壁を乗り越えて大人になっていく。 その中で楽しみの光を見つけ・・・成長していく。 俺は学園でその光の欠片を探すことにした。 音夢・・・お前はいつも俺の側で、見守っていてくれ――――――― =================================================================================== 前の続きです。って書かないとわからないよね(汗) これは2次作品(画面とか世界じゃないよ)なので、本作と話が違います。 でもかなりネタバレですけど・・・。 恋敵がたくさん居るとドロドロしちゃいますねι でも、みんなお互い譲り合ってるのが、思い通りに行かないというか微笑ましいというか切ないですね ああ、胸きゅんっ(馬鹿 って言うか話が短いのに急展開ですんまそん。 では written in 2005.3