「それにしても何で外なの?」 深山さんが当然の質問をしてきた。 「そうそう、私も訊きたかったよ」 『そとはさむいの』 みさき先輩も訊いてくる。澪も、早く書けるひらがなで質問してきた。 「俺の壮大なる趣味だ」 「はぁ?」 深山さんが素でわからない様子だった。俺の言語は長森にしか通じないか。 「茜が外で食べたいって行ったんだよなっ」 「違います、浩平が、私と外で食べたいなんて言うからです」 「ちゃっかりデートに誘ってるじゃないのよ」 「浩平くんもすみに置けないね」 ぐわぁっ!そうか、端から見れば、誘ってるやつが男じゃなくて女になるだけでナンパなのか。 全然そう言うつもりはなかったんだが。 ---------------------------『 か け が え の な い 時 』--------------------------- おれは4人を連れていつもの中庭に来た。芝生の丘には大きな木が一本立っている。 それと、他校の制服を来た女生徒が立っていた。 「なんか、大勢連れてきたわね・・・」 木の側で立って待っていた少女は柚木詩子(ゆずきしいこ)。 他校の生徒だが茜の幼馴染で、昼はこちらまで遊びに来ている。 半ば強引な性格で、茜によると俺の茜に対する態度は詩子に似ているらしい。 「俺は人気者なんだ」 「へぇ〜、そうだったんだ」 「ってみさき先輩が言うなよ」 「え、ダメなの?」 「いや・・・」 なんか、墓穴を掘った。 「まぁでも、大勢の方が楽しそうね」 詩子が言うと、茜がいつの間にかシートを木から離れたところに敷いていた。 日陰は寒いので、ぽかぽか日向ぼっこができる辺りで敷いている。 日向ぼっこと言っても、冬の太陽は陽射しも軽いので冷たい風には勝てない。 「ではー、自己紹介をしちゃいまーす!あたしは柚木詩子、茜の幼馴染ですっ。宜しくお願いしまーすっ」 詩子が元気よく名乗出て自己紹介しだした。 「私は深山雪見。この学校の演劇部で部長をしているわ。みさきとは幼馴染よ」 「私は川名みさき。雪ちゃんとは幼馴染だよ」 『上月 澪なの』 「ん?なんでスケッチブック?」 「この子はね・・・声が出せないの」 深山さんが説明した。 「そっか・・・ごめんね、変なこと訊いて」 ふるふる。 澪が首を横に振っていた。 「可愛いね」 詩子が澪の頭を撫でた。澪は照れている。澪は誰の妹にでもなれそうな感じだ。 「でも、ごめん、字が読めないっ」 ずるっ! 澪は照れから目が覚めて、スケッチブックに自分の名前をひらがなで書き始めた。 『こうづき みお なの』 「澪ちゃんね、よろしくねっ」 うんっ。 「浩平も、澪ちゃんの字読めませんでしたし、やっぱり詩子に似てます」 「違うだろっ。それを言うなら今のは詩子が俺に似てるんだろっ」 茜が抜け目なくそう言うので俺は即行否定してやった。 自己紹介が終わってからは、深山さんやみさき先輩、澪が買ってきたおにぎりやサンドイッチを 茜の広いシートにどさばさと置いて、それぞれが好きなものを選んで食べることにした。 その中で、茜だけが弁当だ。 「・・・なに?」 茜が恥ずかしそうに俺を見た。 ああ、俺が弁当の中身じっと見てたから食べづらいのか。 「いや、美味そうだなと思って」 「・・・」 茜はしばらく俺と弁当の中身を交互に見た後、言った。 「・・・食べる?」 「おおっ、いいのかっ」 俺は嬉しそうに言う。 返事も待たず俺は割り箸でつかんで、ピンク色の粒粒が入った玉子焼きを食べた。 「・・・感想は?」 「甘くて美味ぇ!」 マジ美味い。 「このピンク色のはなんだ?」 「企業秘密です」 「なんだ、教えてくれないのか」 「いいな、浩平くんだけ」 みさき先輩が拗ねたように俺に言う。 「どうだ、羨ましいだろう、俺だけ茜の手料理を」 『澪も食べたいのっ』 「えっ・・・」 茜が少し戸惑った後、言った。 「じゃぁ・・・どうぞ」 「お前の飯なくなるぞ」 「いいです、私は、サンドイッチで」 そう言うと茜はサンドイッチの袋をぺりぺりと剥がし、食べ始めた。 「本当にいいのかよ・・・」 「はぁ・・・ごめんなさいね、迷惑かけて」 「そんなことないです、嬉しいですから」 深山さんが謝ると、茜はそう答えた。 「嬉しい?」 「自分の料理を気持ちよく食べてくれることは、嬉しいです」 「茜の料理は美味いもんね」 詩子がそう言う。全くだ。 それから茜の弁当をおかずにおにぎりやサンドイッチを食べながら、 寒空の下で談笑した。 昼飯を食って解散すると、鐘がなった。 午後の授業は教室だったので、お腹も膨れたら眠気が来て爆睡だった。 「じゃぁな七瀬」 「バイバイ折原ー」 七瀬も帰っていく。長森も音楽の部活だ。 授業中思いっきり寝てしまったので、眠気が無い。帰っても寝れなさそうだ。 暇つぶしに、部活でも行くことにする。 誰も居ない軽音楽部の部室・・・。 のはずだったが、一人で角に佇む男が居た。 「やぁ。また来てくれたのかい」 彼の名は氷上シュン。入部したとき一緒に居た後輩で、 それ以来会っていなかったのだが向こうはこっちの事を覚えていてくれたらしい。 「最近は充実しているのかい?」 「・・・」 なんていうか、俺は即答できなかった。 「・・・ああ、すごく充実しているよ」 「それでいいんだよ」 「?」 こいつの言う事はイマイチよくわからない。 「かけがえのない時を越えた今、充実しているなら、君が望めば永遠は手に入る。  幸せは変わらず、でも変化も遂げていく、変わってゆく永遠だ。  明日に守られるという退屈な幸せが、思い出となってゆくんだ。  人生と言う限りある時間の中で、それを見つけたなら、もうキミは大丈夫だよ」 俺は続けられるその言葉言葉をただ黙って聞いていた。 普段、人の言葉などいい加減に聞いていたが、この時だけは心に重く届いたように感じた。 「・・・そうだな」 「うん」 「じゃぁ、俺は帰るよ。お前は?」 「僕は、夜の月でも見てから帰るよ。バイバイ、折原くん」 俺は、その神秘的な想像をすると、早々に部室を後にした。 学校の校門まで来ると、偶然長森と会った。 「あれっ?浩平?」 「よう」 「どうしたの、こんな遅い時間まで居るの珍しいね」 「ちょっとな」 「もしかして部活?浩平も、やっとやる気になったねぇっ」 長森は、我が事のように俺の変化を喜んでいる。 変化・・・今この空も、昼の青空から夕焼けの紅に染まり変わっている。 何もかもが変わらずにいられない。もう子供でも居られない。 「瑞佳・・・俺の側に居ろ」 人は変わってゆく。その中で変わらずに守られるものは何だろう。 永遠・・・そんなことが、あり得るのだろうか? 「永遠は、あるよ」 突然長森がそっと言った。俺の心を見透かしたかのように。 「浩平が望むなら、私は浩平の側にずっと居るよ」 俺はその言葉に、目を滲まされながら遠くを見て聞いていた。 「ああ、居てくれな」 でも、また明日会えるから、と、瑞佳は帰っていった。 俺も、自分の、心の置き場所へと帰る。 学校から帰れば、自分の時間だらけの長い時。 明日になれば由紀子さんがまた朝飯を置いて行ってくれる・・・。 そして、いつも長森が、朝起こしにきてくれる。 学校から帰れば、退屈に苦しむ毎日。 毎日、飯にありつける幸せ。もしそれがなくなったら、何を感じるだろう。 もし長森が来なくなれば、来てくれていた時の事が大切な思い出になるかもしれない。 これらは、明日が変わっていて欲しいと思うのと、変わらないで居られるからこそ 毎日が安心して過ごせるという、変わらないで欲しいという矛盾を意味している。 そして、変わらずに居れば、それは忘れられていく・・・。 それを忘れないためには、変化のある必要がある。 変化が訪れるには、人との繋がりが大切だ。 その時こそ、時間はかけがえのないものとなる。 だから、今を頑張ろう。今を感じよう。 そう思いながら、俺はまた明日も今日と同じように目覚める。 ========================================================================== 時と変化と人との繋がりの大切さを伝えたい一品です。 学生時代、友達とくだらぬ話で談笑することや、青春すること、 暇をもてあましてだらだら過ごすのもまた一興。 学生時代にしか、それはできないから。 その中で、何かを残したいと、思えるようになってくれたらいいな。 そのために、人との繋がりは大切にして欲しい。 それを、作品を通して伝えたく、書きました。 これで何かを感じ取ってくれたら、嬉しいです。 written in 2005.5