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未夢「う…ん…」

目が覚めた。

けど、なんかいつもと違うような、同じような感じがした。

未夢「あれ?ここどこ?」
西遠寺?
もう制服着てるし…。しわになっちゃったかも。


って言うか、制服着たまま寝ちゃったんか、わたしゃ。
どういう状況だ。

う〜ん…。

未夢「はっ」

思い出した。烈くんち来てたんだ。
泊まっちゃったのか。
烈くんがここまで運んでくれたのかな。

起きた時間はいつもより少し遅いけど、ここからなら学校は間に合う。
けど、すっかり行けるテンションじゃなかった。
他人様のことだから、そこまでする必要はないのかもしれないけど。


でも、あの時、『一緒に来てほしい』と言われて、断れなかった。
ついて行く前、彷徨にその時のことを報告してた時、こんな話してた。

彷徨『俺は本当にお前が好きだから』
彷徨『俺がお前に嫌われても、お前が色んな意味で高い人間になってほしいと思うんだ』
彷徨『俺はお前が紅瀬の事を考えたいと思うなら、本気で考えてやってほしいんだ』
彷徨『好きな人を誇りに思いたいから』

未夢『うっ。そ、そりゃ嬉しいけど…何となく断れなかった』

彷徨『面と向かって言われたって、断ると殴られでもするのか?』
彷徨『うなずくしかないと言う割には、行くしかないと言うのがあまり伝わってこなかったぞ』
彷徨『お前は攻められたら相手がどんな人間でも必ず折れるのか』
彷徨『俺は断られるのを恐れていたのに…色々複雑だ』

未夢『??? 何を…』

彷徨『まぁいい…もし紅瀬のことが気になるなら、本気で考えるんだ』
彷徨『お前自身は今、モヤモヤでオーライじゃないだろ…』
彷徨『よかれと思うのを第一に考えればいいよ』

未夢『うん』

彷徨『友達ならな』


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静かな朝。
小鳥のさえずりがわずかに聞こえるだけ。
まるで、ここの空間だけが、世界から切り取られたかのように感じる。
何も考えることができない。

こんな、わたしがいるだけで、意味があるのかな?

…いやいや、わたしが弱気でどうするんだ。
今こそ、烈くんを支えなきゃいけないのに。
そうしないと、正に、今わたしがここに居る意味がない。
がんばれ、わたし。


…まるで、自分の家かのようだ。
誰に断りを入れて、家の中をうろついたらいいのかもわからない。
でも、やるべきことを考えて、足が動いた。

声「光月か」

未夢「零くん!」

そういえば、零くん居たんだ。

未夢「おはよう。烈くんは?」

零「…まだ起きてこないのか?」

未夢「さ、さぁ。烈くんの朝事情は、よく知らないから」

寝坊助さんでもないと思うけど。

昨日の今日の事だし、事はデリケートだ。

いくら世界が日常通りで、時も無情に変わらないとは言え、彼はいつも通りじゃないだろう。

零「…あいつは、別に朝弱い方じゃないけどな」

未夢「とにかく、朝ご飯持って行ってあげなきゃだね」

零「…」


部屋の前に来てノックする。
一応、零くんもついてきてくれた。

未夢「烈くん?開けるよ…」

ガチャ…


部屋は真っ暗だ。
部屋内に窓はなく、ドア以外から差し込む光はなかった。

ベッドから崩れ落ちる前のように、手を交差し、倒れる様な状態だった。
見ると、目は見開かれ、ギロリと睨むような感じだった。
けど、微動だにしない。

未夢「…っ? 烈くんっ?ちょ、大丈夫っ?」

烈「…未夢さんか…起きているよ」

びっくりした。まるで自殺した後みたいな感じだった。

寿命が何日か縮まったよ。

零「…俺は、そろそろ学校へ行くよ」

未夢「零くんも、烈くんの傍に居てあげてよ…いつも一緒でしょ?」

零「光月が居なかったらそうしてたが、お前が居るなら大丈夫だ」

零「西遠寺や担任には、俺から言っておく」

零「烈を、頼む」

それだけ手短に話して行ってしまった。

頼むと言われても…。

烈「…」

目をあけながら寝て、動かない烈くん。

恐い。

それ以上に、いつもあんなに笑顔だった烈くん。

こんな烈くんは、見たくない。

元気を装って、声をかけた。

未夢「ほら、烈くん、そんなことしてないで、朝ご飯食べなよ」

未夢「作ってきてあげたんだから」

烈「心配しないで。眠くはないよ。ただ、何もやる気が起きないんだ」

未夢「大丈夫だよ、おじさんも、タミちゃんも、きっと無事だから」

烈「…」

気休めでも。

それでも、元気づけていかなきゃ。

それが最良の答えなのかはわからない。

でも、今のわたしの使命なのだ。

烈「うん…ありがとう。着替えてリビングに行くよ。未夢さんはそこで待ってて」

未夢「う、うん」

瞬きしないで言う彼の虚ろな眼は怖かった。

光の見えない彼の赤黒い左目は、特に。


カチ…コチ…

時計の音が聞こえる。部屋は暗い。電気を消している。光は、廊下からの朝日だけだ。
わたしはリビングで烈くんを待っていた。机にひじをついて、手を頬に当てながら、廊下を見ていた。
彼の為に焼いた熱を帯びたトーストが、時間と共に冷えていく。
ここが、紅瀬家の食卓。
ここで、彼らは、どのように過ごしてきたのだろう。

烈『お父さん、見てよ、数学のテスト、80点だったよ!』
武亘『100点じゃないのか。満点じゃないのに喜ぶな』
雪『まぁまぁあなたったら、烈も頑張ったんだから、認めてあげなきゃ』
零『…』
雪『零は、何点だったの?』
零『…90点』
烈『うわ!お前!それこのタイミングで言う?』
武亘『威張るなら、零を超えてからだな』
烈『うー、じゃぁお父さん、100点取ったら褒めてよね』
武亘『100点取ったらな』
烈『約束だからねっ』

それは、わたしの勝手な妄想だ。
烈くんが、本当に望んでいたかもしれない、一空間。
だけど、今も望んでいるだろうか?
人の心の中は、わからない。

未夢「…遅いな」

思わず声が出て呟いた。

あれから15分が過ぎている。

いつも通りのように朝ご飯を食べても、学校へ行くかはわからない。

彼について行くつもりだった。

けど、来ると行ったのになかなか来ない。

まさか?

彼の部屋に行ってみた。

ドアは半開きのまま。

未夢「烈くん?入るよ!」

返事も聞かないまま入った。

真っ暗な部屋に、電気をつける。

パチっ。

もぬけの殻だった。嫌な予感がする。

わたしはリビングでずっと廊下を見ていた。

玄関に行くには、ここの廊下を通らなければいけないはずだ。

なのにどうやって?

わたしはバカだ。

わたしが寝ていた居間の奥にさらに部屋があった。

ご両親が寝ている寝室のようだった。

その部屋は、リビングの台所より奥側に通路があり、玄関に通じていた。

台所より向こうに通路があったなんて知らなかった。

ここから彼は、出ていったんだ。

どこに行った?

追いかけなければ。

トーストは、すっかり冷めていた。


学校に行ったんだろうか?彼の精神状況を考えると、とてもそうは思わない。

自分で言うのも何だけど、わたしでさえ今日は学校に行く気にならなかったのだ。

烈くんに、感情移入していたのだろうか?

ともあれ、学校ではない。

病院?

それも、なんとなく選択肢から外れた。本当に、何となくだ。

それに、行ったとしても、することはない。

ならどこに?

とにかく、探さないと。


町の中を、闇雲に探した。

といっても、町中を全て探した訳じゃない。

一つずつ、虱潰しに道を見て行っただけだ。

それでも、烈くんを見つけることが使命かのように探し続けた。

そこで、ある橋の手すりに立っている彼をようやく見つけた。

未夢「…烈くんっ!?何やってるのっ」

走りかけつけて、足を支えようとしたけど、支えたせいでバランスを崩させてしまうかもしれない。

咄嗟にそう思い、駆け付けたけど、支えようとして、おろおろするだけだった。

烈「未夢さん…?もういいんだ…もう」

そういって、彼の姿勢が前のめりになった。

未夢「ちょっ…」

急いで彼の足を支え直し、バックブリーカーを決めるような形になってしまった。

足から、根元から思いっきりこちら側へ、本気の力で引き戻した。

すると、前に傾きかけていた体が後ろに…。

けど支えきれず、倒れてきた烈くんと共にわたしも後ろに倒れた。

未夢「どうしてっ、どうしてそんなことしようとするのっ」

烈「…私自身、よくわからない…けど、目標を無くしたような気がして」

烈「倒すべきもの?辿りつくべきもの?やり直すべきもの?支え?」

烈「そんな感じ」

未夢「まだなくしたって決まったわけじゃないでしょっ」

未夢「それで烈くんまで居なくなったら、残された人たちが悲しむじゃない!」

未夢「もしその大切な何かを失ってそうなったのなら」

未夢「烈くんが居なくなった後の人たちのこともわかるでしょっ」

烈「…そうかもしれない、けど、もうわからないんだ」

未夢「…まだなくしたって決まったわけじゃないよ」

未夢「だから、確認するために、行こう」

烈「…どこに?」

未夢「…病院に行けば、何かわかるかもしれない」

烈「それで、最悪な事がわかったら?」

未夢「それ、は…」

烈「病院に行ったら良くなってるって、未夢さんが保証してくれるの?」

…保証、できない。

それだけは、わからなかった。

責任も、持てない。

所詮、助けとなれるのはここまでなのだろうか。

他人の事情に首を突っ込み過ぎた、ツケなのだろうか。

わたしが何人もいるわけじゃない。

身が保たない…。

それでも。

身を犠牲にしてでも、自分が居る価値を見出したい。

未夢「…そしたら、烈くんが落ち着くまで、支えるよ」

関わりすぎた、責任なのだ。


烈「だめだよ…」
烈「あなたは彼の恋人だもの」
烈「いくらあなたがよくても、彼が許しても私がだめだよ…」
烈「私は、未夢さんのことが好きだから。西遠寺くんのことも大好き」

烈「だから、彼から幸せを奪うようなことはしたくない」
烈「彼がそれでよくても、私が…」
烈「人から奪った幸せで幸せになりたくない…」
烈「もう、もうだめだ…」

烈「ねぇ…私は、彼の幸せを奪わなくてはならないの?」
烈「私一人じゃ決めれない…」
烈「でも君たちにも決めさせられない…」
烈「もうだめだよ…」

烈「これっきりにしよう…」
烈「その方がっ…き…っと…おた…がいの…た…めだか…らっ…!」
烈「こんな、こ…ん…ことってあるん…だね…」
烈「ありがとう…決して君たちのことは忘れない…」

烈「幸せになってね…」
烈「さようなら…」

未夢「待ってってばっ」

再び、橋から落ちようとする彼を、力いっぱい引き留めた。

わたしの願い…
友達が、笑っていられますように―――
わたしを笑わせてくれた人たちが、永遠に幸せで居られますように…
それだけなのに。
何が、どうして、こうなったんだろう?
上手くいかないものだ。人生なんて。
先ほど思いがけない告白をされたけど、それどころじゃなかった。

烈「なんで、未夢さんが泣くの…」

未夢「馬鹿…これは悲しいの…烈くんのせいだから…」

烈「…ありがとう…未夢さん」

未夢「烈くん…」

未夢「わたしはね、もう一回烈くんに笑って欲しいんだ」

未夢「それも心から」

烈「…普段の私は、心から笑っていなかったって?」

烈くんは苦笑いするように言った。

未夢「それはわからないけど…でも後になって、そう思えたよ」

未夢「おじさんと、色々あったみたいだからね」

未夢「でも、わたしは烈くんが面白くて、楽しかったよ」

未夢「けど、色々見ちゃった後だからね」

未夢「今度は、その色々をすっきりさせてから、笑わせてほしいな」

烈「…ははっ、わたしのおふざけに、どんだけ価値があるんだよっ」

烈くんは苦笑いした。

烈「いいよ、じゃぁ最後に、未夢さんの言うこと聞くよ」

彼は首を縦には振らなかったけど、渋々了承したようだった。


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春が来た。3年生になったのだ。
始業式が始まる前。


未夢「お邪魔しま〜す。ここが烈くんたちの部屋?」

烈「そうだよ。いいでしょ!」

町はずれにあるアパート。

ルームシェアと呼ばれる、2部屋分ある2LDKの家。

烈くんと零くんは、ここに住んでいるのだ。


未夢「あれからお父さんとは、上手くやってる?」

烈「まだあれから数ヶ月も経ってない、数週間程度だよっ」

烈「そんなすぐに、行くわけないでしょっ」

はは、そりゃそうか。



1ヶ月前…

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烈くんが自棄になっていたところから、病院へおじさんの容体を確認しに行った。
すると、全身に転移していた癌が一夜にして跡形もなく消えていたというのだ。

烈「…タミだ…!」

状況を確認してしばらくして烈くんが呟いた。
奇跡。
失くした烈くんの四肢の一部の代わりを作ったタミちゃん。
それは奇跡という他ない。
何故それが起こったのか。

当時烈くんはタミちゃんが現れて、手足を失ってからやっぱり手足があってほしいと強く願ったのだという。
すると自分の手足が再生したわけじゃないけど、自由に動かせる手足を手にした。
今回、それに似たことがあったか…?

烈『お父さんの病気、治してよ…!』

確かに、強く願っていた。
そして治った。
けど、リスクはなかったのだろうか?
前回は、何ともなかった、けど今回になって、タミちゃんが消えた。

前回、見えなかった何かがあったのかもしれない。
今回になって、願いが叶った対価としての何かが。
何らかの枠を超えたのかもしれない。
タミちゃんは死んだのか?

それすら定かではない。ただ、彼女が現れることはなかった。
烈くんは、タミちゃんの喪失を確信したのだ。その後、泣き崩れた。
わたしとはそんなに触れ合いはなかったけど、烈くんにとってはそうではないだろう。
苦痛な時も、その不思議な姿と存在で、彼の癒しになっていたのだろう。

わたしにも、そういうことがあったからわかる。
確かに、わたしもその時は悲しかった。手の中にあるぬくもりに、二度と触れることはないのだ。
わたしの場合は違う。触れられないまでも、あの子はこの宇宙のどこかで生きている。

でもタミちゃんは…?それを考えたら、烈くんの気持ちに達することはできない。
けど、彼女は真に死んだわけじゃない。わたしたちの中で、生き続けるのだ。


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武亘「…夢を、見ていたよ」

武亘「地平線が見えるほどの花畑で、小川が流れていて、それに沿って歩いているんだ」
武亘「やがて、川がY字になった」
武亘「そこで、何かが強く叱責しに来ていた」
武亘「すると、思い出や記憶が、空にスクリーンで表示されるのだ」

武亘「しかし、あの夢は何だったのだろうな」
武亘「三途の川や走馬灯とやらが、本当に存在するのかどうか」
武亘「はたまた、死期に面するとそういった体験をするというのを、知っていたからか」
武亘「なんにしても、自分はこれから死ぬが、幸せな人生だったのかと」

武亘「そう思っていたら、思い出のスクリーンから声が聞こえてくるのだ」
武亘「やり直したいかと」
武亘「不器用也にも、できることならやり直したいと」
武亘「そうしたら、体が空に浮き、スクリーンに吸い込まれた」

武亘「そこから先は覚えていない」
武亘「今でも…あれは夢だったのかどうかすらわからない」
武亘「今、何となく勝手に物語を作っている気分にさえなる」
武亘「けどその時、体が楽になったのだ」

武亘「重い体を、引きずって歩いていたのに…」

それから一応、経過観察として1週間おじさんは入院していたけど、無事家に帰ってくることができた。
退院祝いに、烈くんについて行ったときのこと。

烈「お父さん、俺決めたんだ。零と一緒にこの家を出ていくよ」

武亘「…そうか」

烈「…ああっ、出ていくと言っても、一人暮らしするっていうだけだからっ」
烈「ああ、この場合は、二人暮らし?」
武亘「…フフフ、わかっているよ」
烈「お母さんと決めたんだ」
武亘「家賃とか、どうなっているんだ?」

烈「零とアルバイトして、払っていくよ」

武亘「無茶だ。入る前の敷金礼金とかどうするんだ?」

烈「それは…お母さんからもらって」

武亘「それつまりわしの貯金からじゃないか」

烈「えっ、うん…」

武亘「うんじゃないわ!」

烈「ひぇぇ」

武亘「…まぁ良い」


武亘「…ありがとう」

烈「えっ、何、突然」

武亘「思えばやはり、お父さんはお前に強い期待ばかりしていてしまったな」
武亘「それは同時に、今のお前を認めない事にもなってしまっていたのだろう」
武亘「一週間、入院している間、色々考えたよ」
武亘「何か憑き物が落ちたように、頭がさっぱりしていた」
武亘「お前が元気でいれば十分なのだ」

武亘「お前はお父さんたちにとって、1番大事な子だ」
武亘「でもお前自身はNo.1じゃなくていい。オンリーワンになれ」

武亘「花には水を。人にはユーモアを」
武亘「物によって、大事なものはその時々で変わる」
武亘「その時々によって、何が大事かを考えながら、行動していってくれ」
武亘「志あれば道は開ける」


武亘「引っ越ししたら家に会いに来ないでくれ」
武亘「後ろを振り向く暇があれば、前に向かって突っ走れ」
武亘「だが、みんなと過ごした時間を忘れないで」

おじさんは早口で言って、そのまま後ろを向いてしまった。

武亘「うっ…うっ」

シンプルな言葉だったが、それだけにたくさんの想いが、ありがとう、に込められていたようだった。
すごく厳しいお父さんのようだったけど、泣きながら言ってた。
聞いたときなんだか胸に沁みた。こっちまで感動してしまった。
ほんとに、愛情を持って指導していたんだなと思う。

子供のことを一番考えていてくれた親からの言葉というものは、無条件に重みがあったように思った。
有名な歌の歌詞一部をもじったような、格言のような重みのある言葉が印象深かった。
もしわたしがその言葉を受けていたら、いつまでもその言葉を大切に想っていきたい。
お父さんの愛情の裏返しの言葉は、きっと烈くんに伝わっていることだろう。

烈「…私は、今でもまだお父さんを許すことはできないよ」
烈「こんな体になっちゃったんだし」
烈「あ、まぁ、もう今となっては、それはいいんだけどね」
烈「今はもういないタミが作ってくれた手足があるからとかじゃなくて」

烈「今までの思い出や記憶がね。私を形作ってきたんだ」
烈「それでも私はお父さんと仲良くしたかった」
烈「でも、もうダメだと思った」
烈「けど、最後のチャンスを上げるよ」

烈「こんなに嫌な思い出があっても、まだ仲良くしたいって思ってるんだ」
烈「だって、家族なんだもん。本当は仲良くしたいよ」
烈「けどね、記憶がジャマをするんだ」
烈「忘れることはできないけど、それから離れることができれば」
烈「また感謝の気持ちを思い出せると思うんだ」

武亘「…わしの目的はお前と仲良くすることではない。お前を導くことだ」

烈「そのやり方が間違っていたから、こうなったんじゃないのっ」

武亘「…そうであったな、ふふ」


おじさんは外を見ながら言った。
桜の季節が目前のようでまだ遠い。

武亘「お前とお父さんの付き合いはまだまだこれからだ」
武亘「お前のおかげでお父さんも"大人"になれた」
武亘「お前を育ててきてよかった。またいつでも集まれる家族でおろうな」
武亘「お前の心が迷ったとき、帰る場所は必ずある」
武亘「本当に大きくなったな」
武亘「NOをはっきり言える大人になりなさい」
武亘「また戻って来るんだぞ」


烈「ノー」

烈くんは泣きながらノリツッコミの要領で冗談を言っていた。
こんな時にまで。

武亘「今言うなよ!」


烈「また逢えるから、そのときに」
烈「さて、もう行くから」

武亘「最後にみんなで歌を唄おう!」

烈「いっ!嫌だよ!未夢さんもいるのに、恥ずかしい!」

武亘「大切なのは"愛"なんだよ!」

おじさんって、こんなキャラだっけ!?
退院してから、キャラ崩壊しているような。


武亘「外に出て、もうダメだと思ったらしばらく休め」
武亘「それでも立ち直れなかったらお父さんを思い出して連絡してくれ」
武亘「絶対に自分や他人の人生を壊す生き方はしないでくれ」


わたしだって、まだ四半世紀も生きていない。
人生色々生きていくうえで、色々な選択を求められ、色々な選択肢がある。
中には選択肢がありながら、ある一つを強制的に選ばされることもあるだろう。
簡単なようでも「NO」とはっきり言うのは案外難しいと気付いた。


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烈「お父さんの方から色々言ってくれたのが嬉しかった」
烈「あの後、私が昔どんな子だったかと話してくれたし」
烈「ちゃんと見てくれてたんだなぁ、って感じた」

烈「迷惑かけたけど、いつもかばってくれる存在だった」
烈「まだまだ絆の意図は続いて行くんだな、と思うとすごくうれしかった」
烈「悩んだ時、どんなささいなことでも真剣に、何度も相談に乗ってくれたから」

未夢「ならなんでケンカしてたんだよぅ、このぅ!」

わたしは烈くんのお腹を肘でつついてやる。

烈「そっ、その時は仲が悪かったの!」

くすぐったそうにしながら反論した。
その顔がおかしくて、笑ってしまった。
烈くんは続ける。

烈「入学した時の写真を見ながら言ってくれた」
烈「普段厳しいお父さんが見せた優しい言葉に感動したよ」
烈「前は、私のこと世紀の問題児だって言ってたのに」

烈「見放さないでやさしく厳しく指導してくれたお父さんと別れるときに言われて、泣いちゃったよ」

烈「家出るの時に口パクでつぶやいたのが反則」
烈「何も言えなくなっちゃって泣いてたね。情けない」

罵りつつ、笑顔だった。
退院一週間後、春休みになって退院祝いに行ったとき。
烈くんと零くんだけが引っ越すと聞いて何気にびっくりしたけど、おじさんは内心驚いていたのではないか。
烈くんと家を出る時、おじさん口パクだったし。

烈「普段のイメージとは全然違ったので、その姿を見て私もつられて泣いちゃった」

未夢「あの後、なんか結局歌ってたよね」

わたしは笑いながらその様子を見てただけだった。
ホントおかしかった。

烈「お父さんの青春の頃の選曲を歌ってて、歌なんてとても、っていう感じだったし」
烈「歌も歌詞も知らないしさ」
烈「けど、途中から二人で、泣きながら唄っていた」

なんでそうなったのかわからなかったけど、なんかその場の勢いがおかしくて。

烈「いつもは真面目で、勉強第一とか言うお父さんが、そうなったのでビックリした」
烈「本当に熱い人だったんだなぁって」

この子にしてこの親ありと言ったところである。

未夢「最後の、懇願するかのように話してたね」

他人の人生をジャマしちゃいけないってやつ。

烈「そうだね。それは私もそう思うから大丈夫」

わたしはどうだったのかな?紙一重でジャマしちゃってたのかもしれない。
けど、これで良かったんだ…そう思うようにした。


未夢「けど、お父さんと離れちゃうんだね」

烈「…必要なんだ。距離が」
烈「理解し直すための時間が」

未夢「やっと仲直りできたのに」

烈「言ったでしょ。まだお父さんを許してない。許すために、離れるんだって」

未夢「お父さんの事、好きなのに〜?」

烈「好きだからだよ」
烈「私は今でもお父さんが大好きで、尊敬してるよ!」

烈「ただ私の中には、親を憎みながらも感謝しなければいけないっていう気持ちがあったから」
烈「恨みがなくなってからは感謝しかなくなったので孝行したいと思うようになったと言う流れ」
烈「元から親に対して興味や影響がなかったら何も思わなかっただろうね」
烈「でもね、もっと喧嘩していたら、もうダメだったかもね」

烈くんなりに考えた結果だ。もはや何も言うことはない。
ただ彼の笑顔が復活した。それだけで充分なはず。
それ以上、何を望もう。


烈「親って、私たちを送り出したら、後は何を望みに今を生きているんだろうね?」
烈「後には、死しかないのに…」
烈「でも、もし私がお父さんやお母さんの立場ならこう思っていると思う」
烈「私たちは、いつまでもお前たちの幸せを願っている」
烈「生きて、がんばっていてくれれば、私たちは安らかに暮らしていける」
烈「その中で、孫の顔を見れたらいい、と」

未夢「そんな風に、思うの?」

烈「私ならね」

でもそれはある種の理解もあった。
さっきも思ったように、烈くんの笑顔が見れたら、それで良かったのだから。

未夢「…それにしても、一体なんだったのやら」

烈「何がさ〜」

未夢「色々っ」

烈「その色々にクビ突っ込んできたのは、未夢さんじゃんっ」

未夢「え〜?ついてきてとか、色々言ってきたのに〜?」

烈「うっ…。こ、断る権利は、奪ってないよ」

未夢「そうだね」

これが、わたしが選択した、一つの道。
これで、良かったんだ。




実はあれから、烈くんには内緒で、烈くんの実家に行って、おばさんやおじさんに会いにお邪魔しに行ってたりした。
自分ながら、ホントに余計なおせっかいだったと思う。
烈くんのその後の経過観察を報告するかのようだった。
引っ越しの手伝いとかも、色々してあげたのだ。
部屋に上がるのは、今日が初めてだったけど。
それで烈くんの様子をお話に行ったとき、烈くんがおじさんおばさんに手紙を書いていたのを知ったのだ。


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お父さんへ。

烈です。お元気にしていますか。
零と二人暮らしとバイトを同時に始めてまだ1週間ですが、最初は大変だったように思います。
今もどうにかがんばっています。
お父さんは昔毎日こんなに頑張っていたかと思うと今までの事を謝りたい気分です。そしてありがとうね。
普段会えなくても居るのと居ないのでは大違いなので、これからも元気で過ごしていって下さい。
ささやかではありますが、硬くなく、甘すぎず、塩辛過ぎないカステラをお送りします。
良かったら召し上がって下さい。
あと、お母さんをあんまり怒らないように!

うわ〜、何コレ、恥ずかしい、おもろい、烈くんらしいのとらしくないのがあって、悪いけど、笑える。ウザい。


お母さんへ。

烈です。お元気にしていますか。
今週はバイトも残業して、家に帰ったらご飯食べてお風呂入って寝るだけが多かったです。
けど、お母さんは毎日朝早く起きて私たちの献立を考えてくれてたと思うと感謝の気持ちでいっぱいです。
昔はジュースこぼしたり仕事増やさせてゴメンね。
まだパートさんやってると思うけど、無理しないでがんばってね。
お父さんと一緒にカステラ食べて下さい。ご飯も!

烈より


雪「烈には、未夢さんに見せたと、言わないで下さいね」

未夢「もちろんです!」

キリっとして答えた。

わたしはものすごいニヤニヤさせてもらったけど、その時見たおじさんとおばさんは、本当に優しそうな顔だった。
愛おしそうに手紙を撫でていた。

幸せならそれでいい。
わたしは、他人の笑顔が見れればそれでいい…
それが、わたしの幸せだから。

武亘「そうだ、烈にこれをお伝えください、えっと…言い忘れていたけど」



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未夢「そういえば烈くん、お誕生日おめでとう」

烈「えっ?私の誕生日知ってるの?」

未夢「えっ?え〜と…」

しまった…おじさんたちから聞いたとは言えない…。

烈「まぁいいや。私の誕生日、知ってる?」

未夢「え…っと…」

自分から言い出しておいて、知らないとも…。

未夢「今日?」

烈「違うよ!」

烈「私の誕生日、実は今年はないんだ」

未夢「えっ?」

烈「私の誕生日はね、2月29日」

烈「1460日に、1回しか来ないんだ。超希少野郎ですよ!」

未夢「ええーっ!そうだったんだ…!」

烈「てことは、私今まだ4歳!」

未夢「あはは」

烈「でもね、法律で、うるう年じゃない年では誕生日が強制的に3月1日にされるんだって」

未夢「へぇ〜」

未夢「あ、そうだ、おじさんからこんな言葉を預かってるよ」

烈「え、なんで、いつの間にうちに行ってるの」

しまった。結局言っちゃうを得なかったじゃん。

未夢「烈、誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう、って」

烈「…」

烈「うん、未夢さんも、ありがとう」

未夢「え?」

烈「もし、このまま、あと10年経っていたら、その時こうなっていても解決しなかったと思う」

烈「あの時、街角でぶつからなかったら、会ってなかったかもしれない」

未夢「や、クラスメイトにはなってたかも」

烈「あはは、そうだね」
烈「未夢さん、助けてくれて、ありがとう」

零「光月…」

未夢「零くん、居たんだね。お出かけしてるのかと思ったよ」

部屋から出てきたようだ。

零「礼がまだだった。言わせてくれ」

零「ありがとう。この通りだ。烈が笑顔に戻った。お前のおかげだ」

未夢「おおう」

零くんの笑顔、初めて見たかも。珍しいものを見た。
今年の運使い尽くしてしまったんじゃないだろうか。なんまんだぶ…。

烈「零、なんだよ〜」

でも、良かった。

わたしのしたことは、間違いじゃなかったんだ。


未夢「烈くん」

烈「うん?」

未夢「お父さんと仲直りできて良かったねっ」

烈「…」

烈「うんっ」

ああ、そうだったんだ。

気づいた。

わたしは、この笑顔が、見たかっただけなんだ、と。